2017年02月11日

ものがたりを創りたい!

今日は、豊橋へ「デジタルで創ろう!」キッズワークショップとシンポジウムに参加して来ました。


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デジタル化が進む中、子どもたちを取り巻く環境も確実にデジタル化しています。
デジタルネイティブと言われる世代と私たちアナログの世代では、
「デジタル」というものへの感性が全く違うなあということは、
日頃とても感じています。
私は根本は超アナログ人間!
でもデジタルの面白さ、可能性に魅せられ、
AppleのMacに出会った25年位前から、コンピュータを使ったデザインやイラストレーション、
アニメーションやCG、Webデザインと、
デジタルクリエイションにどっぷりと浸かって来ました。
デジタルを使うためには、実はアナログがとても大切。
3DCGでキャラクターをモデリングする時も
アナログで人間を描けることって大事なんですよね。
体の構造や皮膚感や光と影など、
実際の物をよーく観察し、描写できる力があると
CGでの表現もうまくいきます。

今日お話くださったプログラミング教育の第一人者である、
阿部和広先生もそんなお話をされていました。

「リアルとバーチャルの両方を体験することで、
より深い学びができる」

その上で、デジタルは、例えばプログラム次第でできることが無限で、
反応が早く、時間や空間の制約を受けないという利点があると。

こどもはゲームや音楽やアニメーションが大好きですが、
この興味からこどもの創造性を育てるには、
デジタルを使ったものつくりは、
こどもにとって夢中になる要素がいっぱいあります。
私も映画や演劇ワークショップを開いたり、ひらめく学校をしながら、
アナログとデジタルの両方を使ったものつくりをしていますが、
今日のシンポジウムのお話を聞いていて、ちょっと自信が持てました。

そして、2番目のお話は「ピッケ」の生みの親である朝倉民枝さん。
こどもたちのデジタル絵本つくりを通して、こどもたちの「想像」と「創造」を伸ばすワークショップを
各地で開催されていいます。

このお話の中で最も印象的だったのは、やはり「ものがたり」の力。
朝倉さんは、「こどもたちに、言葉と物語の深い喜びを味わって欲しい」とおっしゃっていました。

現在、ストーリーテリングを取り入れた広告制作が注目されていますが、
やはりものがたりというのは、人に感動と共感をもたらし、いつまでも記憶に残り、
想像力と創造力を刺激する最たるものだと思うのです。

私は、地域のデザインとしての映画制作や子どものスクールやワークショップなどを行っていますが、
時々「何屋さんかわからない」と言われることがあります。
でも私の中ではその根底にあるもの、その目指すものはただ1つ!
ものがたりの力でヒトのココロを動かしたい!ということなのです。
ココロが動けば、人は動き、町は動きます。
映画のシナリオにマチの持っている魅力的なところや未来への可能性を書き、
それがイコール、マチの今後の活性化のものがたりになることを考えてきました。
岩村では、女城主のマチだからこそ「女性がつくるまちづくり」を勧め、
自ら女城主のリアルキャラとなりながら活動する一方で、
岩村には女性のおもてなし隊が2つも生まれました。
長久手では、3年越しで映画の中で産んだ「ふるさとフード」が「血の池タルト」となって、
形になろうとしています。


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高浜、西尾でもそれぞれ映画のシナリオが現実に人を動かすものがたりとなって、
市民の皆さんが活躍されています。

今日、改めて私は「ものがたり」職人になろう!と決心しました。
いろんな地域でいろんな人のものがたりをつくるお手伝いをしていこう!
大人も子どもも一緒にものがたり創りを通して、
想像と創造をたくさん楽しんでもらい、
ココロを動かしてもらおう!

目をつむると、老若男女いろんな方たちが、
イキイキと目を輝かせて夢中になってそれぞれのお仕事や活動をされている様子が浮かびます。
そんな様子を嬉しそうに見つめているのが私。

夢では決してなく、現実のものがたりとして、
今日も私は原稿にペンを走らせるのです!

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2017年01月08日

「血の池タルト」というメディア

「歴史を食べる!」
今日は、あいちポップカルチャーフェスティバルの会場で
長久手の名物(にしたい)「血の池タルト」のPRと販売に行って来ました。
NPO法人楽歩さんのスタッフさん、利用者さんと一緒に
昨日作った「血の池タルト」。
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モリコロパークの体育館内のブースは、
ステージで歌やダンス、トーク、サイン会が開かれ、
外の会場にもコスプレーヤーの方たちや
撮影の方たちがたくさん。

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コスプレの聖地だと言われて久しい愛知ですが、
その会場の真っ只中にいることは初めてで、
とても興味深く、良い経験でした。
何よりも皆さん、とっても熱い!
そして温かい。

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コスプレを愛する者同士の連帯感といいますか、
お互いに「わかるよね?」という見えない繋がりのようなものが感じられ、
私は「女城主」の出立ちをしていたことで、
仲間として受け入れられているような安堵感がありました。

自然に声をかけ、かけられ、
「血の池タルト」の所以から始まり、
岩村の女城主の話まで。
実に多くの方とつながった1日でした。

血の池タルトを買ってくださり、
その際お話しさせて頂いたことで「歴史に興味を持った!」とTwitterでつぶやいてくださった方、
「歴史の話ができて嬉しい!」と
逆にお菓子をくださった方。
出店者なのに、わざわざ買いに来てくださって、
大きな声で「血の池タルト、おいし〜!」と
PRに協力してくださった方。

みなさんの温かさが伝わって、嬉しかった!

何よりも楽歩さんの皆さんも優しくて・・・。

「血の池タルト」は、地域の人たちをつなぐ「ふるさとフード」として、
映画「未来へのとびら」から生まれたスイーツですが、
まさに人と人をつなぐ「メディア」だと思います。

映画もフライヤーもCMも「メディア」。
食べ物だって、こうして歴史を伝え、人をつなぐ「メディア」なんですよね。

参加している学生たちにも、そのことを体験を持って知ってほしいと思っています。

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今後の社会の中で「メディア」の形や活用の可能性は急速に広がっていきます。
これから社会に出ていく学生たちに、「メディア」ができることを考える場になれば、
そんなことも考えながら、せっせと甲冑を着た先生は頑張っています。
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2017年01月02日

2017年 明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます!
年末からずっと穏やかなお天気が続いています。
おかげさまで今年も新しい年を迎えることができました。
元旦は、毎年氏神様に初詣に行くことから始まりますが、
今年はいつもより早かったせいか、ゆっくりお参りできました。

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昨年試食販売を始めた、長久手市の名物「血の池タルト」計画。
2014年制作の映画「未来へのとびら」から始まった、「ふるさとフード」で地域をつなぐ取り組みですが、
昨年は戦国時代から長久手にあった「血の池」をテーマにしたスイーツ「血の池タルト」の販売に向け、
ゼミ生たちとがんばってきました。

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「血の池」というネーミングのインパクトが受け、
11月に行われた「ワールドサムライサミット」で大人気!
お味は、ラズベリーとアーモンドクリームで甘酸っぱくってとっても美味しいんですよハート
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さらに12月はイオンモール長久手のオープニングイベントでも試食PRをしましたが、
こちらもあっと言う間に無くなり、
2つのイベントで約540名の方にお試しいただきました。
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長久手のNPO法人楽歩さんのご協力に感謝!です。
今年はさらに長久手名物として、市内各地の店舗販売を目指していきます!

CMも作ったので、ご覧ください。
清洲城の柴田勝家さん、日本甲冑武者隊、清洲城甲冑工房のみなさんにご協力をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=aDXgt29GQYQ

そして、岩村の女城主!
今年の大河が「おんな城主 直虎」に決まり、
岩村の女城主にも少しづつ光が差し始めたのを感じています。
私が初めて岩村の女城主を知ってから8年!
女城主で岩村のブランディングをしたい!と考えて映画を創ったのも、
彼女の生き方が現代の女性に向けた、強いメッセージになる!と思ったからなんです。
http://hot-iwamura.com/mitukemono/
それから女城主のリアルキャラとなって、PRをしてきましたが、
なかなか私ひとりの力では広がらず、理解されずで、
力不足を感じて落ち込むこともありました。
大河が直虎に決まった時、正直ショックを受けたんです。
私は岩村の女城主を大河にしたい!と願っていたので、
これで当分その夢が叶わなくなってしまった・・・と思ったわけです。

でも、今は逆に直虎で「女城主」を取り上げてもらえることで、
全国の方に「女城主」という存在に興味を持っていただけてよかった!と思っています。

「お直の方」私はそう呼んでいますが、
「あなたの想いがやっと現代の人たちにも知ってもらえる時が来ましたよ。」
心の中でそんな風に語りかけました。
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女性として、母として、
「愛」の力で強く優しく生きた女性。
特に「母」の愛というのは、自分の命を捨てても子を守りたいという究極の愛です。
これは、戦国も現代も変わりません。
お直の方は、養子も我が子も領民も、すべて母の愛を持って守り抜いた人でしたが、
想いを責任ある行動を持って実行出来る強い意志の持ち主でした。
そんなところは、社会で活躍する仕事を持つ女性たちの心を打つ部分でもあると思っています。

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今年は、これまでの活動が形として成就するように、がんばっていきたい!
お直の方のように、強い意志で最後まで!

よろしくお願いいたします。
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2016年12月27日

女城主をブランドに!

全国的にも女城主は希有な状態。これはオリジナリティにつながる大事なポイントだ。
私がこれまで調べたところでは、岩村の女城主のほかには、以下の5名の女城主や武者の存在がわかった。

星2︎安濃津城 江戸時代の城主富田信高(後に伊予宇和島城へ、代わって藤堂高虎が城主になる)の妻。
星2︎宇喜多忠家の娘。坂崎出羽守の妹。1600年関ヶ原の戦いの際、城を守る夫信高が毛利秀元らの攻撃に城外で苦戦しているとき、城から打ってでて多数の敵を倒し、夫を城内に退却させた。
星2︎巴御前・・・「平家物語」によると源義仲に仕えた甲冑を着て戦う女武者。
星2︎立花ァ千代・・・大友氏の有力家臣、立花道雪の娘、天正3年(1575年)に7歳の時、家督を譲られた。
星2︎井伊直虎・・・戦国時代の女性領主。1565年遠江井伊谷(静岡県浜松市)の井伊氏の当主となった。井伊直政を養子として育てた。最近、直虎は男性だったという史料が発見されたとのこと。

 岩村の女城主は、戦国時代に織田信長の叔母として当時この地方で勢力を持った遠山一族のひとり「遠山景任」に政略結婚で嫁ぎ、当初こそは城主の妻だったが、城主の病死後は自ら城に残り、城主となった女性だ。
妻としてまた人質の五坊丸の義母としての務めと、城主として領民の生活を守り、戦に出ることもあり、3ヶ月もの籠城を決意し実行した城主としての務めを果敢に果たしていた。


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⇧岩村城の石垣


この女城主そのものがブランドになる!と私は思った。

 そして、女城主の里に住む人々、そこへ訪れる観光客は、この地で何を得ることが出来るのか。観光で訪れる人々は、それぞれ何らかの期待を持ってやってくる。岩村の江戸時代の町並み、のどかな山と田園、地域の特産品、名物料理・・・。日常から離れた特別な時間や経験を求めて来る。
 しかし、それをただ1回だけの訪問で終わらせず、リピーターとなってもらうにはどうしたら良いのか。口コミで広げてもらうには何が必要なのかを考えなくては、観光の町へとシフトして行くことは難しい。そこで、オリジナリティとブランド力が試されるわけなのだ。
岩村の場合は、女城主というオリジナリティがある。そして、女城主のストーリーが訪れた人に敵将との間に芽生えた深くて強い愛情、こどもや領民を守るために強い意思と覚悟を持って生きた潔い心、そして何よりも女性としての美しい姿への共感を与える。私も女城主の物語を知った時に、励まされ自戒し、また前に向き直りといった経験をした。自分と女城主を照らし合わせ、感情移入し、共感するという、自分もこんな風に生きたい、こんな風になりたいと思うことこそ、ブランドだと言える。
 戦国から現代へと時間を飛び越えて夢を描く力があるのがブランドだ。岩村のブランディングは、まさにこの女城主という人そのものであり、このストーリーを地域づくりに活かす他ないと思ったのが、映画づくりを決心する動機だった。


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⇧女城主を弔うために作られた妙法寺のまくら塚

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2016年12月20日

みつけもの製作日記

みつけものを製作するまでの日記が出てきました。
2010年執筆だと思います。

映画を創ったことがないのになぜ創ろうと思ったのか?
佐々木氏との出会い 明知鉄道についての研究発表の会場で市役所の観光課の樋田さんに引き合わせてもらった 発表会場で先に発言されている佐々木さん、素朴で情熱のあるコメント。
古びた「女城主の里」の看板が寂しく見えた。
本丸で静かに遠くの山を見つめていたら、戦国時代の女城主が当時どんな想いでここに立っていたのだろうと胸が熱くなり、妙な動悸を覚えた。
佐々木さんとの話 町の人たちは、数人の歴史上の偉人を学び推奨する会に別れていて、
下田歌子派 佐藤一斎派 三好学派があるが、佐々木さんは私と同じ女城主派ということで意見が一致したのがスムーズに進むことになったきっかけだろう。
1つ目は、他所から入る場合、始めに地域のどの人と話をするかというのはとても大事。
なぜ女城主を地域のブランドにすると良いのかという、女城主の価値についての話を敢えてする必要がない。まずそこはすでに一致していることからスタート出来る。
2つ目、またその地域で顔が広く、周りの信頼を得ている人と話をすること。
他所から来て、映画を創りませんか、女城主をブランドにしませんかというかなり一方的な話をする訳なので、その地域でこれまで信頼の蓄積がある人の話は、周りの人が尊重するし協力も得やすいことから、そこを事前にリサーチして入り口としていった方がいい。
佐々木さんは、後々さらに明らかになったが、地域の年長者にも腰が低く、若手には頼られる兄貴的な方で、彼の頼みだったらいつでも飛んでいくよという人が男女問わずたくさんいる。それは彼がこよなく岩村が好きで、自営の仕事もしながら岩村のために日夜走り回っている姿を地域の人がみな知っているからだろう。
私もみつけものを創るに当たっては、私の依頼を面倒がらずにいつも気持ちよく引き受けてくださり、大変お世話になった。
この佐々木さんとの出会いがなければ、「みつけもの」も出来なかっただろう。
岩村城や町中を案内してもらう際にも、細かい解説をしながら一生懸命。私は佐々木さんと会う度に、この魅力ある歴史資産を持つ岩村をもっと知ってもらうために、もっと活性化するために私で出来ることならば何でもやらせてもらいたいという気持ちが強くなっていくのだ。
「映画を創ろう」それは2009年の夏頃から実は密かに考えていたが、全く映画製作の経験のない私は、いくら厚かましても自分から言い出すことは出来なかった。絵本を作って子どもたちに読み聞かせをするとか、漫画にするとか、Webサイトを創るとかそんなことを時々佐々木さんに会っては話をしながら、ずっと頭の中はモヤモヤしていた。
その間に私は女城主に関する本を取り寄せては、夢中で読み、女城主についての資料を集め、女城主をブランドにすることの可能性や方法などを考えていた。また他の地域がどのようなブランディングをしているのか、地域振興のさまざまな取組みなどを調べた。そんな中で、私はやはり岩村は地域の農産物などをブランディングするのではなく、女城主の人生や生き方から発せられる精神性やメッセージ性をブランドにするのが、この地域のオリジナルになるのだと確信するようになった。
初めて個人的に訪れた時、冬だったせいもあるかもしれないが、町中も城山も張りつめた緊張感と知的な印象を持った。田舎ののどかさももちろんあるが、そのベースにはゆるぎないルールに乗った規律を守りながら生きているような町の息づかいを感じた。


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「いいとこだよ〜」と言う声は多い。「ではどこがいいか教えてください」
「自然は豊かだし、静かだし」「のんびりしててねえ」「近所がみんな知っとる人ばっかりだから安心」「歴史に関する行事やお祭りがたくさんある」
ではずっと住みたいかと聞くと、若い層と年配者では意見が別れる。若い層では、「通勤通学が不便」「遊ぶ所がない」「店が少ない」などの意見から名古屋やその他の都市に出たいという意見が多い。佐々木さんたち地域づくりに関わる中堅層の人たちは、こういう意見を憂う。高校生までは岩村にいても、その後は外に出てしまい、そのまま戻ってこなければ町の人口はこの先減るばかりだ。
「でも」と佐々木さんは力を込めて言った。「岩村がいい所だ、岩村が好きだと子どもたちが思ってくれれば、将来一度外に出ていっても戻ってこようと思ってくれるかもしれない。また岩村のことを誇りに思い、岩村のことを人に話してくれる。そうすれば他から岩村に来てくれる人がいるかもしれない。だから今こうやって岩村の魅力を知ってもらう活動、さらに魅力ある町にする活動を一生懸命やらなくてはだめだと思っているんです。」
佐々木さんには中学生を筆頭に3人の男の子がいて、まさに切実な問題でもあるわけだ。
名古屋に住んでいて、そういった考えを持ったことは一度もなかった。名古屋から人がどんどん出ていってしまい、閑散とした空き家だらけの町になったらなんて想像もしたことがない。でも一部の都会以外を除き、日本の地方の市町村はこうした不安を抱えている所は非常に多いと聞く。
この岩村も戦国時代は、三河から尾張を抜け、美濃から甲斐の方へ抜けていくと交通の要になっていた場所で、当時は繁華街だったわけだから、きっと今の佐々木さんたちが抱えているような心配はしていなかったのだろう。
しかし時代が変ると人の流れも変わり、町の在り方も変る。
「いい所なんだけどなあ。」
この町の発展と永遠の存続のためには、観光客が訪れる魅力づくりとおもてなしをするための仕事づくりが必要だ。
そしてその前に町の人たちが、そう決心する動機がなくてはならず、ではそれに一番必要な事は何かといえば「町に誇りを持ち、町を愛する気持ちを持つこと」。つまりシビックプライドなのだ。
このシビックプライドを地域の人たちに定着させるために、私は女城主をブランドとし、その精神性を地域に浸透させ、観光客へをもてなす企画づくりや体制づくりに役立てたいと考えた。
女城主については、確実な資料が多く残っているわけではない。しかしつなぎ合わせてみると「意思の強い」「知性ある」「優しい慈愛に溢れ」「自立した」女性であったと言える。意気盛んな武将たちにも恐れられた織田信長に逆い、領民を守るため、我が子を守るため敵の武将と結婚し、最後は織田軍と戦う道を選んだその姿は、現代の女性たちが抱える問題への答えともなる。本当の意味での「自立」と「愛」を教えられたのはきっと私だけではないと思うが、「自立」と「愛」を貫くのは、生易しいことではなく、確乎たる意思と責任が伴わなければならない。
こういった女城主の精神性が現代人に強いメッセージとなって伝わるようなブランディングをするにはどうしたらいいのか。
授業をしながら、本を読みながら、来る日も来る日もこのことが頭から離れない。
ある時、何気なくテレビで録画したお気に入りのドラマを観ていて、「やっぱり映像だよなあ」と思った。何度も繰り返す観ることが出来る。現に私は好きなシーンを何度も観たりすることがある。そしてわかりやすい。シナリオの作り方にもよるが、視覚と聴覚の両方で動画として表現されたものを観るというのは、子どもから大人まで幅広く理解されやすいし、何か他ごとをしながらでも耳だけで知ることも出来る。
「やっぱり映像がいい!ドラマを創ろう」
私はとうとう決心し、 次に岩村に出かけた際に佐々木さんに伝えた。
佐々木さんはなぜかニヤニヤしながら「ドラマですか〜」と答えた。
そこでわかったのだが、佐々木さん自身も高校時代に自主制作でショートムービーを創ったことがあるそうで、またちょうど恵那の合併記念で5年前から映画製作の計画が進んでいて、佐々木さんもそのメンバーになっているそうだ。
「で、どうやって創ろうと考えてます?」佐々木さんに聞かれ、私ももう開き直って答えるしかない。
「これからシナリオを書くので、一度読んでもらいたいんです。その内容でドラマとして良いのかどうか。そして製作はゼミの学生たちと一緒にやりますが、岩村の方たちにも手伝ってもらいたいと思っています。」
一緒に取材に同行していたゼミ生の伊藤君は、映像サークルに入っていて、サークルや授業で製作の経験が多少あると聞いていた。こうした学生たちが集まって相談しながらやれば出来ないことはないだろう。機材は大学のものを借りる予定だった。
では シナリオは書けるのか?これもまったく未知数。私はどちらかというと文章を書くのは苦手。でも今回に限っては書ける気がしていた。
「恵那に映像製作の仕事をしている人がいるんで、何か相談があれば彼に聞いてもらうといいですよ。今度紹介します。」
(プロがいたら心強い!よしなんか追い風吹いているんじゃない?)
私はシナリオもまだ書いていないのに、もう完成したような気になっていた。
実はこの時までにぼんやりとストーリーが出来始めていたのだ。帰りの道の車中で伊藤君にストーリーを話す。「どうかな?」
その時の伊藤君の返事は、あまりはっきりしたものではなかったが、「亡霊ですか?」と聞かれたことだけは覚えている。
12月、私はMacBookに向い、まずプロットを書き始めた。
頭の中にはすでに大凡のストーリーは出来ている。順序立ててアウトラインを書き、さらに肉付けをしていく。導入部の画は明確に浮かんでいる。ふと女城主には本当に子どもがいなかったのかと思った。主人公だけが亡霊を観るのだが、実は彼女は女城主の子孫だったからなのだという根拠を勝手にこじつけたため、気になっていたのだ。史実ではどこにも子どもの存在については否定されている。

夢中になってインターネットで検索をする。2つの検索エンジン、論文データベースなどをそれこそ朝から晩まで見つめ続け、シラミ潰しに調べていった。3日目あたりでは目が痛くなり、あきらめ始めた時、「女城主の子孫が書いた本がある・・・」という一文が目の中に飛び込んで来た。思わず手が止まったが、流行る心を抑えつつ、リンクをクリックする。それは「馬場六太夫」という書名で女城主の子孫が書いた本を見つけたと書かれた個人のブログだった。早速アマゾンで探してみると、なんと扱っているではないの!?
すぐに購入ボタンを押す。本の紹介文には「徳川幕府400年の間 我が馬場家はずっと監視されていた」と書いてあり、本の到着が待ち遠しくて仕方がなかった。
書き始めたら、どんどん次のカット、次のシーン、次のセリフが頭の中に浮かび出て、私は頭の中のイメージをどんどん活字にしていった。
キーボードを叩き,3日目。ほぼ完成した。
まるで自動書記のように、手が勝手に動いて書いたようだった。



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⇧2010年当時の旧岩村駅舎です。
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2016年12月19日

ココロを動かす市民映画〜女城主の研究

2012-2014年にかけ、愛知県立芸術大学美術研究科デザイン領域で地域デザインの研究をしました。
2年次の研究報告のテーマは、
「ココロを動かす市民映画とストーリーマーケティング〜岐阜県恵那市岩村町を事例として〜」でした。
2010年に岩村町で撮影した「みつけもの」は、私にとって初めての地域映画。
この町の女城主との出会いが、未経験だった私に映画製作という新しい挑戦に挑む勇気をくれました。
映画の持つ力は、すでに周知されている通りですが、
感情移入や共感する効果を使って、女城主から伝わるメッセージをまちづくりに活かすことが出来る!
と考えたのです。


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映画のシナリオを書く際に発見した女城主の子孫の存在。
その子孫でいらっしゃる馬場静枝さんとは、すでに7年のおつきあいをさせて頂いています。

主に手紙の交換が多いのですが、一緒に岩村へ出かけたこともありました。
2015年の春です。
一緒に木の実峠に行きました。
馬場さんが木の実峠にお線香を持って祈りに行きたいとのことで、
私も足を踏み入れたことがないその地に出かけたのです。
岩村の方に案内をして頂きましたが、岩村の方でさえ、その場所に立ち入るのはためらわれるという場所です。

織田信長の侵攻により、岩村城が開城された後、城内にいた領民たちが山を降りて行く際に織田軍に挟み撃ちされて全員が殺されたという峠です。

映画撮影の前、岩村城を案内するために知り合いの車に乗っていて、
道を間違えてしまいました。
轍の深い、草木が生い茂る道で、おかしいなあと思いながら進んでいたのですが、
その先にトンネルを見つけた時、「この先に進んではいけない」と直感的に感じ、
引き返しました。
しばらくしてから、インターネットで木の実峠の画像を見つけた時にハッとしたのですが、
その道は木の実峠だったのです。

女城主にすっかり魅了されている私は、やはりその場所には足を踏み入れられない何かを感じたのかもしれません。
今は、穏やかで平和な町ですが、当時はさまざまな人々の想いがあったのも事実です。
歴史を生きた人々への敬意を忘れず、
未来を考えていくまちづくりをしたいと思います。

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2016年12月17日

女城主から始まった

岩村の女城主をブランディングするために、2010年に撮影した「みつけもの」。
すべてはここから始まりました。

http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~mitukemono/

その前年に、初めて岩村を訪れ、女城主の存在を知り、何故かとても惹きこまれてしまった私。

その頃、大きな悩みに打ち負かされそうになっていましたが、女城主の物語を知るほどに、勇気づけられ、励まされ、自分を鼓舞することが出来たのです。
そして、この女城主そのものが今の女性たちに必ず響くコンテンツになる!と思ったのです。

映画など創ったこともなかった私ですが、気づくと
岩村の佐々木さんに
「映画を創りましょう!」と言っていました。

岩村には女城主の魂がある。
岩村は女性が創る町に出来る。
女城主のメッセージが世の中の女性たちを勇気づける存在になる。

そう、信じて走り出しました。

不思議に色んな方が手伝って下さいました。

女城主が喜んで、応援して下さっているように思いました。

「みつけもの」は、東日本大震災の直前に完成しました。
1人の女子大生が岩村を訪れ、女城主に出会い、
自分の生きる道をみつける話です。
上映ポスター.jpg

http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~mitukemono/


この映画の編集に入る頃、「みつけもの」のwebをご覧になった堤幸彦監督からお声をかけて頂き、それがご縁で編集のアドバイスを頂きました。
監督のブログを読んで、茂木英興さんが音楽を創って下さいました。

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堤監督とは、その後の愛知県高浜市の市民映画「タカハマ物語」で、堤監督が監修され、私は監督と脚本を務めさせていただくという貴重なご縁をいただきました。

あり得ない程のご縁をたくさん頂き、奇跡的に完成したと思います。
ありがたくて、毎晩泣きました。

またこんな不思議で感動的な出会いもありました。
この映画のシナリオを書く頃に、女城主の子孫の存在を発見したのです!
史実では女城主には子どもが出来なかったようですが、ひょっとしたら?と思い、3日ほど目が痛くなるほどインターネットで探していた時に、
「女城主の子孫が書いた馬場六大夫という・・・」本があるという言葉が目に飛び込んで来たのです!

本を直ぐに取り寄せ、馬場静枝さんとおっしゃるその方に手紙を書きました。
2009年の年末です。
文芸社を通じて送りました。
文芸社から馬場さんに手紙を送りましたという連絡をもらい、ドキドキして待ちました。

年が明けた1月2日、馬場さんからお返事が届いたのです!

直ぐに会いに行きました!
新幹線で1時間40分。
馬場さんは最寄りの駅で待っていて下さいました。
「女城主のご子孫!」
感激でした。

馬場さんは、みつけものの完成試写会に名古屋まで駆けつけて下さいました。
涙を流して喜んで下さり、私も泣いてしまいました。


なんとか馬場さんというご子孫のことを、史実として認めて欲しいと思い、何か情報がないかと
その後も活動をしています。

四国の村上水軍博物館にも行きました。
女城主の子ども、六大夫は、村上水軍によって伊予の国に落ち延びたのではないかという馬場さんの調査から、学芸員の方に直接会いに行ったのです。
残念ながらまだ確実な資料は出ていません。

情報があれば、ぜひお知らせいただきたいです!

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また、女城主のことを直接語りたいと思い、女城主のリアルキャラ「岩村 直姫」をつくり、私自らが直姫として武将隊活動を始めました。

最後に共に織田信長によって逆さ磔の刑に処せられた夫・秋山信友(虎繁)を息子が演じ、共に武将隊で女城主の物語を演じています。

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Facebookで「岩村城武将隊〜蘇りし女城主〜」を検索して下さい!
https://www.facebook.com/Iwamurabushotai

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2016年11月16日

やってて良かった!

今日はとっても嬉しいことがありました。
長久手の「映画から始まる地域デザイン」プロジェクトで、いよいよ「血の池タルト」がデビューすることになり、CMが完成したことをフェイスブックに投稿したのですが、
長久手映画の主催者のお一人である山田さんが以下のようなコメントを書いて下さったのです。

愛知淑徳大学の石丸先生と学生さんたちがつくった「血の池タルト」のCM!めっちゃ面白い!!!

思い返せば、3年前?長久手市を中心とした地域映画「未来への扉」を地域のみなさんとつくりました。
そのシナリオで設定した「ふるさとフード研究会」を石丸先生がスピンオフして継続してくれてます!

誰から何を言われたわけでもなく、作為的でもなく、
地域を活性化したい!と思った一人の能動性から始まり、それが連鎖していく。自然にコミュニティ化していく。

これが本当の「まちづくり」であり「つながり」なんだと、私は思います。

受動的な「つながり」ではなく、能動的な「つながり」。

地域映画がその「きっかけ」になったことは間違いないとは思いますけど(^^;;

素直に心から「やってて良かった!」と思いました!
嬉しかった!
そして、機会を下さった山田さんはじめ愛知中央JC様に改めて感謝です!

いくつかの地域で、映画から始まるプロジェクトをさせて頂きましたが、本当のところ、最近寂しい気持ちになっていました。
いくら気持ちと体力をつぎ込んでも、やっぱりよそ者はよそ者でしかないのかと思うことがあり、私のしていることは本当に地域に役立っているのか?と自問自答することもありました。

でも映画製作と地域の未来を一つのストーリーでデザインすることは、確実にマチの人たちのココロが動いているという実感はあります。
映画をきっかけとして、夢にチャレンジする人、才能を開花させる人がいます。新しい人のつながりが生まれ、コトも生まれています。

それを信念としてやって来ましたが、私の伝え方や表現が悪いのか?と思うことも多々あり、少し疲れていたのも事実です。

でも、山田さんのコメントを読ませて頂き、元気を取り戻しました!
こんなに理解して下さって、励まして頂けて、それだけで、これからも頑張れちゃいます!

どの地域にもオリジナルな魅力が必ずあり、私はそれを掘り起こし、地域の方の誇りとなるコンテンツにつなげていきたい!
そして地域の輪が広がるきっかけ作りをしたい!

一緒にまちづくりしませんか?!
どこにでも出かけて行きます〜(^-^)


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2016年11月06日

平等と公正

平等とは民主主義の社会を作る基盤。
どんな立場にある人も同じ機会が与えられるべきだという考え方。
だから、一律に同じ法律、同じ条件の元に学び、仕事をし、社会生活を営むことが求められる。
平等は素晴らしい。

でも、ここで考えなければいけないのが、
平等は、本当にどんな立場の人にも同じ機会が与えられるのか?ということだと思う。
例えば、車椅子を使う人にもすべて同じように階段を使って上がってください、ということが平等なのか。
例えば、目が不自由な方にもすべて同じようにこれを読んでくださいと印字された説明書を渡すことが平等なのか。
それでは、上の階に行く、説明書を読むという平等の機会は与えられない。
現代の社会では、バリアフリーとかユニバーサルデザインという言葉が生まれ、実際に階段の横にスロープを設ける、エレベーターを設置する、点字の説明書を用意する、音声読み上げサービスを用意するなど、
「アクセシビリティ」の配慮が進んで来た。
こういった考え方を「公正ーフェアネス」と言う。

「公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること。個人それぞれの差異や来歴は、何らかの機会への参加に対し障壁となることがある。なので最初にまず公正さが担保されて初めて平等を得ることができる」
https://edtrust.org/the-equity-line/

所得格差、都市と地方の格差、健常者と障がい者の格差、男女の格差・・・。
民主主義、成果主義が進むにつれ、格差が益々進み、「平等」から生まれる「公正」さの不足は、
広がるばかりだ。

大学での教育や、地域のブランディングデザイン、発達障がいの啓蒙活動、子どもたちのクリエイティブ教育など
さまざまな年齢や立場の人たちと触れ合う中で、
今一度、私自身も本当の意味の「平等」そして「公正」について考えてみたいと思っている。

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?! で毎日ワクワク!

?!   これが毎日を楽しく、ワクワク生きる秘訣。
当たり前、わかったつもりでモノゴトを見ない。
本質を見る。
それだけで、毎日?!の連続である。

地域の映画を創る際に、シナリオのテーマを探すことが一番重要な仕事。
そのためには、とことん地域をリサーチする。
必ず自分の目や耳など五感を使って。

すると?!にたくさん出会え、そこからその地域の掘り出し物的未来への宝物が発見出来るのだ。

それは、映画のシナリオだけではなく、地域の未来図になる。

私の仕事は地域の未来図を作り、地域の人のココロを動かすきっかけを作ることだと思っている。

?!にたくさん出会うためには、クリエイティブ脳を鍛えることだ。
子どもの頃のように、自由になんでも面白がり、常識のタガを外してモノを見る、聞く。

子どもの頃には誰しもクリエイティブなのに、
だんだん忘れてしまう様をたくさん見ているが、
映画創りを通して、再びクリエイティブ脳が目覚めるきっかけを仕掛ける?!の仕掛人でありたいと思う。


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2016年11月03日

血の池タルト

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愛知県長久手市の名物を作ろう!
2014年制作の長久手市民映画「未来へのとびら」で、地域の人をつなぐもの=ふるさとフードと提言した。

翌年、長久手のふるさとフードを再度市民と学生とで考えるワークショップを企画。
ふるさとフードスイーツ「血の池タルト」が生まれた!

戦国時代の小牧長久手の戦いで、家康軍の武将が血のついた刀を洗ったとされるのが、血の池。
今は埋め立てられ、公園になっている。

新しい住民や若い人たちは、この地の歴史をあまり知らない。

私は、地域はその土地の歴史と共にあり、育っていると思っているから、現在長久手に住む人に、長久手の歴史を知る機会と地域への愛着を持ってもらうデザインがしたいのだ。

それが、長久手のばあいは、
映画から始まり、ふるさとフードスイーツになった!

月曜はそのCM撮影を清州城で行なって来た。

なぜ清州城?

それは、また今度 (^O^)



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ヒラメキッズ!

いいネーミング発見!
ひらめく学校の子どもたちを
「ヒラメキッズ」と名付けることにしました。

これから必要なのは、
ズバリ!

クリエイティブな力!

クリエイティブな力は
どんな仕事にも必要な力。

クリエイティブ脳を鍛えて、
バンバンひらめく子どもたちを
応援したい!

ロボットやAIに負けないために、
人間のクリエイティブ脳を
鍛えておけば、
一生の財産になり、
生きる力になります。マサチューセッツ大学メディアラボでは20年以上前から、
クリエイティブの重要性について提唱してます。

未来を創るのは、人の創造力!

人に与えられた最も崇高な力。
人間を創った神は決して超えられないが、
神が人に与えてくださった、最高のプレゼントだと思う。
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2016年10月29日

クリエイティブが人類を救う!

言っちゃいました;

12月9日に中部グラフィックコミュニケーションズ工業組合様主催の
「クロスメディアカンファレンスVOL.4」の講師をさせていただきます。

そのタイトルを、
「ヒト・コト・モノのデザイン
ークリエイティブが人類を救うー」
とさせていただきました。

クリエイティブ能力は、誰にもある。
こどもを見ていると、みんな好奇心旺盛で豊かな発想力を持っている。
次々に「ひらめく」天才だ。

それが、大人になると色褪せてしまう人が多いのはなぜなのか?

「毎日することがなくてヒマ」
「クリエイティブなんて一部の人のことで、私には関係がない」
「与えられた仕事をするだけで、仕事に面白さは感じない」

そういう意見を聞くことがとても多い。
でも、
こどもの頃(特に幼児の頃)はみんな、毎日楽しくてキラキラしていて、
絵を描いたり、何かを創ったりするのも大好きで、
好奇心の塊だったはず。

成長すれば、社会の常識や規範の中で制約を受けながら
生きていかなくてはならない部分は確かにある。
小学校、中学校と進むにつれ、
自由に思うままに描いた絵は注意され、
ぼーっと想像にふけっていることも許されなかったり。
受験のための勉強や受験のための行動やふるまいを求められ、
自分で自分をその中に閉じ込めなくてはいられなくなる。
社会がそうだから、その中で生きていくためには、
創造性なんて隅に置いといて、
実用的な知識を身につけ、良い大学、良い企業に入ることが大事。

でも、なぜそうして生きて来ても
つまらなかったり、辛かったり、こどものころの輝きを無くしてしまうのか?

私は、挫折や失敗の繰り返しの人生だ。
辛くてもう生きていたくなくないと思うことも何度もあった。
そんな時に自分を救ってくれたのは、
「クリエイティブ」だった。

目の前のどうしようもない大きな壁を、
ちょっと視点を替え、方向を替え、立場を替えて見てみると、
そこにキラッと少しだけ光る新しい道が見つかった。
「?!」
必死にその道を進んでいくと、今まで知らなかったことへの気付きや学びに出会った。
夢中でそうして歩いているうちに、
辛かったことは遥か遠くへ過ぎ去り、毎日がまた輝いて、
ワクワク生きているのだ。

子どもの頃は、既成概念にとらわれず、恥ずかしさもなく、
面白いと思ったことはなんでもやってみて、
なんでも楽しめた。
その頃に自然に出来ていたことを、大人になっても思い出してやってみたら、
違う毎日を生きることが出来る。

その思い出すコツを機会を提供することが、
私の「ヒト・コト・モノのデザイン」だと思っている。

10月からスタートした
こどもの「ひらめく学校 ワコラボKIDS」でも、
クリエイティブな能力をどんどん伸ばして、
こどもたちに「生きる力」を身につけてもらいたいと思っている。

大人になってもキラキラした目を失わないで、
生きることを楽しめるクリエイティブな人になって欲しい。

そうすれば、
今盛んに言われる「10年後には40%強の仕事が無くなる!」時代でも
AIやロボットの出来ない仕事をすることが出来るし、
いつも喜びを持って生きられる。

だから、「クリエイティブは人類を救う」なのです。

カンファレンスには若い世代の方が多いと聞いているので、
未来を生きる方たちにぜひ「クリエイティブ」の力を信じてもらえるように
一生懸命お話が出来たらいいな。
少しでもお役に立てるように・・・。


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2016年10月28日

マイノリティから始める!

マイノリティから始める。
個人から地域、そして日本、世界へ。

まず自分から始める、地域から始める。
地域主体と言われるようになったが、それは昔から当たり前のこと。
一人ひとりの生活無しで国は成り立たない。

地域の映画を創っていると、一人ひとりに物語があり、一人ひとりに素晴らしいポテンシャルかあることを実感する。

そんな素晴らしい人たちがいるからこそ、地域力を信じられる。

私もそんな人たちと一緒に、小さなことからコツコツ、地道に信念を持って生きていきたい。

地域で生きる一人ひとりが、創造力を発揮し、生きる力を持てる社会のために、出来ることをコツコツと。

子どものスクールや、演劇ワークショップや、発達障がいのある人たちの支援も、
すべて一人ひとりの力を信じているからこそ、始めたこと。
一人ひとりが地域を創る、日本を創る、地球を創る!
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2016年03月10日

西尾で映画の上映とワークショップ

ものすごーく久しぶりのブログです!
毎日があっと言う間に過ぎて行き、恐ろしい日々。

2015年は、ドキュメンタリー映画「ちがってていいよね?」を創るため、
7ヶ月間朗読劇の稽古に密着し、7月〜8月は舞台の演出助手として西尾に通っていました。
そして、その後は、西尾市民映画第2弾「オシニンジャーx」の撮影、編集。
この週末12日に上映会を迎えます〜。
その間に演劇ワークショップを4回企画・開催しました。
う〜ん、こうして振り返ってみると色々な経験をさせてもらいました。
そして、ますます映画を創ることに取り憑かれていったのでした。
映画を創ることだけではなく、ストーリーを創ることも、かな。

12日の上映会の後、西尾市民映画「オシニ」からから始まる西尾のまちづくりのワークショップを開催します。
「オシニ」は、まちづくりにつなげるしかけをたくさん込めた(ちょっと込めすぎた?)映画です。
2年間のリサーチの上に創ったシナリオは、まちづくりのシナリオでもあるんです。
映画のコメンタリーでしかけの説明をして、その後市民のみなさんが語り合う時間!
「あんなこと出来るかも?」「こんなのやってみたらどう?」
ブレインストームの時間です。
今まで見過ごして来たコトやモノを再認識したり、新しいアイデアが生まれるかも?今からとっても楽しみ☆
まだまだ受付中ですよ〜。


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http://nishio-movie.com/cinema/

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2015年05月01日

「発達特性」を理解して、天才たちに活躍してもらいたい!

CAMPFIREのサイトに動画をアップしました。
http://camp-fire.jp/projects/view/1544#menu
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7月23日の朗読劇本番に向けて、稽古も進んでいます。

発達障がいのある人もない人も、皆さん一生懸命。
ぜひこの姿を上映会で観てもらいたい!

発達障がいという言葉をタイトルに出したこと、
前も後も色々悩みました。
今もまだ悩んでいます。

当事者の方の抵抗感はもちろん、一般的にも何か特別な、立ち入りにくいような感じを
与えてしまうのかなあ、やっぱり。
まだまだ、「私は発達障がいがあります。」と言えないのが現状なんですね。
発達「障がい」ではなく発達「特性」。
平均的には出来ないけれど、ある部分には素晴らしい力を発揮出来る人たちです。
集中力、観察力、創造力など、
社会にはその特性を発揮して、見事な仕事をされている人もたくさん。

スティーブ・ジョブスやアインシュタインやスピルバーグや。
もちろん、本人のたゆまない努力と周囲の協力があったからこそですが、
そう、周囲の理解と協力が必要なんです。
その結果、社会に貢献する能力を発揮してもらえて、私たちも幸せってわけ。

そんな風にたくさんの人に理解してもらいたいなあ。

だから!この朗読劇のドキュメンタリー映画の上映会を開きたい!
残り30日ほどになりました。
ご支援をよろしくお願いします。
http://camp-fire.jp/projects/view/1544#menu
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2015年04月19日

発達障がいへの支援の壁?

7月23日の名古屋瑞穂文化小劇場開館記念として
朗読劇の上演があります。
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この劇に発達障がいのある人たちに参加させて欲しいと
演出の深山義夫さんにお願いしたのが昨年末。
快諾してくださり、参加者募集を始めたのが今年1月中旬。
1件づつ、支援センターや施設を周り、自分で作った参加者募集チラシを持って、
参加を呼びかけました。
演劇は、発達障がいのある人たちにとって、
コミュニケーションスキルのトレーニングとしても
とても効果があるのだということを
私は自分の息子を見ていて実感し、確信していました。
芸術療法の中にも取り上げられているのです。
また、社会の中で発達障がいへの理解が進んでいないということに
いつも愕然としていました。

募集を呼びかけていて1つ目の壁にぶつかりました。
「参加してみたい!」と言う人はいるのですが、
世間の目が気になって参加出来ないという人が結構いらっしゃるのです。
それだけ発達障がいへの理解が少なく、当事者やその家族の方たちは、
日頃も偏見や差別に悩んでいるということがわかりました。
それでも参加のお返事をくださった7名の方たちと
3月末に初めての顔合わせをしました。
本当はもっとたくさんの発達障がいのある人に参加してもらいたいのですが、
1回目の挑戦なので、仕方がないかな。
朗読劇台本.jpg
この朗読劇には一般の方とプロの舞台人も参加しますが、
4回の稽古を終えた現在、楽しく稽古が進んでいます。
2つ目の壁は、
この朗読劇へのチャレンジの様子をドキュメンタリーとして撮影し、
上映会を開いて、一般市民の方たちに観て頂くプロジェクトを起こしましたが、
上映会を開くまでをやり遂げる経済力が無く、
クラウドファンディングを使って支援を呼びかけることにしました。
http://camp-fire.jp/projects/view/1544
FBなどでも告知させてもらっていますが、
なぜか普段の投稿に比べ「いいね!」の数が激減するのです。
具体的な支援の数が延びないということよりも
発達障がいを理解してもらいたいというこのプロジェクトそのものが
あまり理解されないのでしょうか?
この現状をどう捉えていいのか、私にはよくわからないのです。

私も自分の息子が発達障がいであることがわかる9年前までは、
ほとんど知識も無く、そんなに関心も無かったというのが正直な所でした。
親戚にはいましたが、もっと近い関係にいないとなかなか身近なこととして考えれないものだと思います。
でも、日本は発達障がいについての研究がとても遅れているので、
認知されている数が少ないのです。
これから急激に周囲に増えてくるはずです。
潜在的にはたくさん存在しているからです。
生きにくさに苦しみ悩んでいる人たち、その家族。
「ちょっと変った人」や「困った人」とされる人たちに、
学校や職場でどう対応していけば良いのかわからず困っているということはありませんか?
このドキュメンタリー映画を学校や地域で観て頂いて、
なんら自分たちと変らないこと、純粋でまじめな人たちが多いこと、ユニークで面白い人たちも多いこと、
困難を抱えながらも一生懸命生きていることなどを
知ってもらいたいと思っています。
そんな想いを込めて取り組んでいるこのプロジェクトを
どうしたら理解し、賛同して頂けるのかなあと思い悩むこの頃です。
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2015年02月20日

堤監督との講演会

久々のブログ更新!
先日2月9日(月)は、国際ソロプチミスト岐阜の堤幸彦監督講演会にお呼ばれして来ました。
監督と一緒に登壇して地域映画のお話などさせて頂き、
岩村の「みつけもの」からの監督とのご縁に改めて感謝です。


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「みつけもの」を撮ったことで、「タカハマ物語」、「未来へのとびら」、「オシニ」と続き、
どれだけ多くの方と出会ったことか。
どの町の方々も自分の町への情熱は素晴らしく、一緒に映画を創る中で、
何者にも代え難い体験をさせてもらいました。
「地域は人」です。
もちろん経済の発展、近代化、都市化も必要でしょう。
でもそこに住む人が長年かけて培って来た文化や歴史、生活がその地域を支え、発展させて来たのだと思います。
まさに今西尾の映画で言いたいことがそこに詰まっています。
「表裏一体」
人生もそう、まさに表裏一体。
悪いこと、いやなことも裏を返せば自分が成長するチャンスでもあり、学ぶ場となります。
この数年、地域と関わらせて頂きながら、
自分自身もそのことをたくさん学ばせてもらいました。
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堤監督とのご縁も、たくさんの学びを頂き
改めてありがたく思います。

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2014年12月20日

「出会いに感謝」という言葉では言い表せない

今年は長久手と西尾で市民映画を撮った。
長久手は「未来(100年後)へのとびら」。
西尾は「オシニ」。
しかも夏の2ヶ月に二つのロケが重なった。
そして、西尾はただいま編集の真っ只中。

1年に2本の映画を撮るということは、
やってみるまではここまで大変だと正直わかっていなかったと思う。
実際にスケジュールの調整の大変さ、休みが全くない日々の体力の問題、
撮影までの仕込みが二つ重なるととんでもなく頭も混乱する。
大学が夏休みに入るまでは、日常的な講師としての週15コマの授業もこなしながらの毎日で、
授業の間は、身動きが取れないのもきつかった。

でも、多くの人たちに助けられ、皆さんの力で乗り切れたのだと心から思う。
その中でも、映画を創るとは本当に多くの人との出会いがある。
西尾の撮影が決まり、シナリオを精査していた2014年3月、
私が活動している岩村城直姫隊が岐阜城に出陣した際に、
ある人に釘付けになった。
体格の良い和装の男性だった。
聞くと清洲城の名物城代として柴田勝家を務める加藤正さんという方だった。
なぜ私が加藤さんに釘付けになったか?
それはオシニに登場する閻魔様にピッタリの風貌だったからだ。
キャストは市民オーディションをする予定だったが、
閻魔様はこの人しかいない!と心の中で私の潜在意識が叫んでいた。
後日清洲城へ正式にお願いに行くと、またもや驚き。
なんと衣装も作って頂けるという。
加藤さんは衣装制作のプロでもあったのだ。
そしてまたなんと、昔スーツアクターをしていらっしゃったとのことで、
結局、長久手では殺陣の指導、戦のシーンのアクション監督をして頂き、
西尾では怪人も演じて頂き、さらに衣装制作もお願いし、
アクション監督まで務めてくださった。
今思えば、加藤さんと岐阜で出会っていなかったら、
果たしてどうなっていたのかと,
全くこの出会いには不思議なご縁を感じる。

そもそも 岐阜城に行ったのは岩村の女城主をリアルキャラ化した
「岩村城直姫隊」の活動をしていたから。
そしてこれは、岩村で町おこしドラマ「みつけもの」を創ったことから始まる。
女城主「お直の方」が結んでくださったご縁は本当にありがたい。

もうひとつ、ありがたいご縁は、
名古屋おもてなし武将隊初代信長の憲俊さん。
去年の西尾でのワークショップで講師をお願いして以来、
今年の長久手、西尾の映画に出演してくださった。
西尾では撮影時にサブキャストのこどもたちの遊び相手になってもらったり、
エキストラの方たちを楽しませたりと
役者以外の所でも本当に助けてくださった。
また役者として私の演出へのアドバイスやお手伝いもしてくださり、
いい映画を創ろう!という熱い想いには心から感謝の想いでいっぱいだ。
そして!この憲俊さんと出会うきっかけも、実は岩村の「みつけもの」なのだ。
「みつけもの」に出演してくださった長谷川千種さん(当時は谷千種さん)という役者さんが、
役者仲間である憲俊さんと一緒に出る芝居を観に行った時に、
ご挨拶をしたのが始まり。

このご縁も女城主の引き合わせと思えて仕方がない。
しかも憲俊さんは女城主の甥「信長」を演じていた方。
不思議なのでございます。

袖擦り合うも多少の縁と昔から言うが、
生きている中で少しでもご縁がある方は、
これからも大事にしていきたい。
そして私もご縁がある方の役に立つ人間でありたい。

つくづくそう思う年の瀬なのだ。

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2014年09月29日

西尾市民映画「オシニ」クランクアップ

西尾市民映画「オシニ」がクランクアップ。
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3年におよぶプロジェクト。
私の西尾通いの日々もちょっとお休み。
西尾のことは落ち着いたら、きちんと書きたい。
今は、撮影が無事終わったことに感謝し、これからの編集と次への計画に向けて、英気を養いつつ、企画書をコツコツと書く毎日。
大学も始まった。
長久手映画の上映会もある。

そして、私の来年からの身の振り方も考えなければ。
現在の勤務先の大学は、来年3月で契約満了。
このままフリーの地域プロデューサーとして生きるのか。
でも発達障がいの息子を抱えた母子家庭の私は、それも不安を抱えながらの選択。
まだまだ母は働かなくてはならない。

「みつけもの」からずっと地域映画の撮影には、息子も参加させてもらっている。思いもかけず芝居をすることで自分への自信を持ち始めた息子。
発達障がいの人には、決められたセリフや芝居をする演劇は、相手からどんな答えや質問が来るかわからない普通の会話よりも楽みたい。
自分を表現したくても勉強ができない学校生活では肩身が狭く、窮屈な思いをしていた彼は、水を得た魚のようにイキイキと楽しそう。
そんな発達障がいのある人たちの能力を伸ばす映画制作もしていきたいと考えたりする。
元々、発達障がいの息子のことで悩み、それがきっかけで岩村に出会い、地域映画に導かれたようなもの。
何かすべき課題があるのだと思わずにいられない。

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