2016年12月17日

女城主から始まった

岩村の女城主をブランディングするために、2010年に撮影した「みつけもの」。
すべてはここから始まりました。

http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~mitukemono/

その前年に、初めて岩村を訪れ、女城主の存在を知り、何故かとても惹きこまれてしまった私。

その頃、大きな悩みに打ち負かされそうになっていましたが、女城主の物語を知るほどに、勇気づけられ、励まされ、自分を鼓舞することが出来たのです。
そして、この女城主そのものが今の女性たちに必ず響くコンテンツになる!と思ったのです。

映画など創ったこともなかった私ですが、気づくと
岩村の佐々木さんに
「映画を創りましょう!」と言っていました。

岩村には女城主の魂がある。
岩村は女性が創る町に出来る。
女城主のメッセージが世の中の女性たちを勇気づける存在になる。

そう、信じて走り出しました。

不思議に色んな方が手伝って下さいました。

女城主が喜んで、応援して下さっているように思いました。

「みつけもの」は、東日本大震災の直前に完成しました。
1人の女子大生が岩村を訪れ、女城主に出会い、
自分の生きる道をみつける話です。
上映ポスター.jpg

http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~mitukemono/


この映画の編集に入る頃、「みつけもの」のwebをご覧になった堤幸彦監督からお声をかけて頂き、それがご縁で編集のアドバイスを頂きました。
監督のブログを読んで、茂木英興さんが音楽を創って下さいました。

IMG_3808.JPG

堤監督とは、その後の愛知県高浜市の市民映画「タカハマ物語」で、堤監督が監修され、私は監督と脚本を務めさせていただくという貴重なご縁をいただきました。

あり得ない程のご縁をたくさん頂き、奇跡的に完成したと思います。
ありがたくて、毎晩泣きました。

またこんな不思議で感動的な出会いもありました。
この映画のシナリオを書く頃に、女城主の子孫の存在を発見したのです!
史実では女城主には子どもが出来なかったようですが、ひょっとしたら?と思い、3日ほど目が痛くなるほどインターネットで探していた時に、
「女城主の子孫が書いた馬場六大夫という・・・」本があるという言葉が目に飛び込んで来たのです!

本を直ぐに取り寄せ、馬場静枝さんとおっしゃるその方に手紙を書きました。
2009年の年末です。
文芸社を通じて送りました。
文芸社から馬場さんに手紙を送りましたという連絡をもらい、ドキドキして待ちました。

年が明けた1月2日、馬場さんからお返事が届いたのです!

直ぐに会いに行きました!
新幹線で1時間40分。
馬場さんは最寄りの駅で待っていて下さいました。
「女城主のご子孫!」
感激でした。

馬場さんは、みつけものの完成試写会に名古屋まで駆けつけて下さいました。
涙を流して喜んで下さり、私も泣いてしまいました。


なんとか馬場さんというご子孫のことを、史実として認めて欲しいと思い、何か情報がないかと
その後も活動をしています。

四国の村上水軍博物館にも行きました。
女城主の子ども、六大夫は、村上水軍によって伊予の国に落ち延びたのではないかという馬場さんの調査から、学芸員の方に直接会いに行ったのです。
残念ながらまだ確実な資料は出ていません。

情報があれば、ぜひお知らせいただきたいです!

六太夫のお墓002.jpg

また、女城主のことを直接語りたいと思い、女城主のリアルキャラ「岩村 直姫」をつくり、私自らが直姫として武将隊活動を始めました。

最後に共に織田信長によって逆さ磔の刑に処せられた夫・秋山信友(虎繁)を息子が演じ、共に武将隊で女城主の物語を演じています。

IMG_2264.JPG
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Facebookで「岩村城武将隊〜蘇りし女城主〜」を検索して下さい!
https://www.facebook.com/Iwamurabushotai

posted by po at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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