2016年11月06日

平等と公正

平等とは民主主義の社会を作る基盤。
どんな立場にある人も同じ機会が与えられるべきだという考え方。
だから、一律に同じ法律、同じ条件の元に学び、仕事をし、社会生活を営むことが求められる。
平等は素晴らしい。

でも、ここで考えなければいけないのが、
平等は、本当にどんな立場の人にも同じ機会が与えられるのか?ということだと思う。
例えば、車椅子を使う人にもすべて同じように階段を使って上がってください、ということが平等なのか。
例えば、目が不自由な方にもすべて同じようにこれを読んでくださいと印字された説明書を渡すことが平等なのか。
それでは、上の階に行く、説明書を読むという平等の機会は与えられない。
現代の社会では、バリアフリーとかユニバーサルデザインという言葉が生まれ、実際に階段の横にスロープを設ける、エレベーターを設置する、点字の説明書を用意する、音声読み上げサービスを用意するなど、
「アクセシビリティ」の配慮が進んで来た。
こういった考え方を「公正ーフェアネス」と言う。

「公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること。個人それぞれの差異や来歴は、何らかの機会への参加に対し障壁となることがある。なので最初にまず公正さが担保されて初めて平等を得ることができる」
https://edtrust.org/the-equity-line/

所得格差、都市と地方の格差、健常者と障がい者の格差、男女の格差・・・。
民主主義、成果主義が進むにつれ、格差が益々進み、「平等」から生まれる「公正」さの不足は、
広がるばかりだ。

大学での教育や、地域のブランディングデザイン、発達障がいの啓蒙活動、子どもたちのクリエイティブ教育など
さまざまな年齢や立場の人たちと触れ合う中で、
今一度、私自身も本当の意味の「平等」そして「公正」について考えてみたいと思っている。

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posted by po at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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